フルーツ政治利用

先日、ある選考のために小沢健二に提出するレポートを書く機会があった。要件は「ご自身の学んでいることが社会に対して持つ影響について、影響とはそもそも何かを考えながら、関心のある分野が持つ影響の理想、現実、疑問点、密かな問題点などを書いて提出してください」だったので、自分の専門である応用ミクロ計量経済学について書いて提出した。

このレポートの中で応用ミクロ計量の「密かな問題点」として、David Cardの最低賃金に関する研究を取り上げ、研究結果の政治利用、サイエンスコミュニケーションの齟齬について書いた。Card(と共著者のKruegar)はニュージャージー州マサチューセッツ州のファストフード産業のデータを使って、最低賃金の引き上げは当該産業の雇用を喪失させる効果を持たず、むしろ雇用の増加させる効果を持つことを明らかにした(Card and Kruger 1994)。

この研究の学術的な価値は経済学の実証研究に自然実験的なデザインを持ち込んだこと(Cardはこの貢献で2021年ノーベル賞を取った)と、競争的な労働市場を仮定した場合、理論上最低賃金の引き上げは雇用を喪失させると考えられていた中で、少なくともファストフード産業はその限りではないことを実証的に示したことにある。この結果はニュージャージー州のファストフード産業に限った結果であって、労働市場の状況が2州と全く違う地域やファストフード以外の産業にそのまま適用できるものではないが、IMFの機関紙の記事によると、Cardのこの発見は賃上げを信仰している活動家に何度も利用されている。同記事の中でCardは「私は最低賃金を引き上げるべきだと言ったことはないが、私の業績は最低賃金の引き上げを主張するために利用される。これは私が最低賃金の研究をこれ以上行わない理由だ。私は最低賃金の引き上げを主張していると思われているので、私の研究はもう信用されないだろう。」と話しており、研究を政治的な主張の根拠として利用されたことを理由に最低賃金の研究から手を引いている。

最低賃金が普遍的に持つ効果を議論する場合は時代や地域の異なる複数の研究を参照することが望ましく、最低賃金の引き上げが是であると導くのにCard and Kruger(1994)のみを引用するのでは不十分である。この点で最低賃金の引き上げを求める社会主義イデオロギーの活動家による研究結果の利用の仕方は不適当なものである上、Cardが最低賃金研究を中断するという学術的な損失を生んでいる。

Cardは移民と雇用に関する研究も行っており、1980年のマリエル事件によるキューバ難民のマイアミへの流入はマイアミの失業率に影響を与えなかったことを明らかにしているが、これについても先述の記事内で「もはやこの分野について論文を書くことに意味はない。私が移民を増やすことを主張していると思われているからだ。」と述べている。

学術的な研究結果が過度に一般化され、重要な前提を省略されたままセンセーショナルな部分だけが拡散されるというのは経済学に限らずどの分野もサイエンスコミュニケーションの問題として抱えていると思う。

 

これまで、この問題は主に政治利用する側が悪意を持って研究内容を切り取ることが原因だと思っていたが、以下のツイートを見て少し印象が変わった。

このケースだと引用されているNHKの記事は見出しが「父親が育児関わった子ども 思春期の精神不調リスク 低い傾向に(因果関係には触れない)」となっていて男親の育児とこの精神不調の因果関係には触れておらず、本文も「父親が育児に多く関わることが長期的に子どもの精神状態が不調になるリスクの予防につながる可能性」という表現を使っていて、父親の育児参加が子どもの精神状態に有意な正の影響を与えるとは断定していない。これ自体は非常に注意深い書き方をしていて良いなと思ったが、引用しているアカウントはこの研究を「政策や企業の取り組みを後押し」「父親が育児に携わることの意味が可視化」と評価しており、齟齬が起こっていると言える。

先述のように、結果の切り取りや過度な一般化は悪意によって行われていると思っていたが、実際はけっこう無邪気な感じで起こっているのかな~~~と思った。

 

自分も気をつけよ~~~。

 

自分が出生行動や結婚行動に関するリサーチをしていて思うのは、少子化関連の話題はフェミニズムやアンチフェミニズムと親和性が高くて、人口関連の学術研究に関する記事が嫌な感じで拡散されたり極端な議論の材料にされるのが多いということ。先ほどのツイートの引用欄はそれほど過激ではないけど、それでも極端な話をエビデンスなしにしている人が多くいて、この分野の研究をプロとしてやっている人は日常的にCard的状況にいるのかもしれない。活動家の人はそれぞれの学術研究を自分たちのイデオロギーを肯定しうるものとして見ないほうがいいと思う(少なくとも経済学の実証は1つの研究でそんなに普遍的なことは言えないから)。コンセンサスというものがあります。

とはいえ、無邪気と言った先ほどツイート主も「自分たちが欲しい人数の子どもをさずかったら、夫がパイプカットをすれば、妻はその後、望まない妊娠をすることは無くなり、中絶は激減するだろう。」というツイートをRTしていて怖かった。利害が権利に優先される感じがインターネットのフェミ(アンチフェミ)論っぽいなと思った。逆に出生数を増やすために女性の教育を制限するみたいな議論を見たこともあるけど、合理性を根拠に人権を制限してもOKってなんで思うんだ。